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青木中央少年サッカークラブ

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オフサイドについて

サッカーになぜオフサイドというルールがあるのだろう?


スポーツのルールは,その発祥の文化に色濃く影響を受ける。
特に,いつの時代,どの国で生まれたかは決定的である。

イギリス生まれのスポーツは,ジェントリー層の子弟教育を
目的として生まれたと言われてきた。

審判の絶対性,雨が降ろうが雪が降ろうが試合は中止しない。
交代人数は必要以上に多くしない。それは子弟を鍛えるためである。

  ちなみにアメリカ文化の本質は,バッファロー・ビル(ウィリアム・コディー)
  率いるサーカスショーがルーツの「ショウビジネス」にある。
  従って,見せるスポーツ=試合が見ていて面白い方向にルールが決まっていく。

  この結果,交代人数を多くし,試合の中断を短時間となるようにする。
  アメリカンフットボールの交代人数は制限なし,サッカーは3人までである。

  オフサイドに関連して,バスケットは,オフサイドのないスポーツとして
  机上でルールを決めた,成立までの歴史を持たないスポーツである。

ここで,文化の違いを端的に示すエピソードを紹介しておく。
サッカーをはじめて学ぶ子どもたちを前に,コーチがいきなり
「このボールを蹴ってみろ」というと,
  日本人の子供:「どう蹴りましょうか?」とその方法(型)を聞く。
  アメリカ人の子供:「どこに蹴りましょうか?」とその目的を聞く。
  (ロバート・ホワイティングが紹介したとされるエピソード)

  日本には近代スポーツはなく,「道」という,生き方や精神と結びついた
  文化があった。柔道,華道,茶道など。茶道の「一期一会」という考え方には,
  生き方と結びつけて茶の道を極めたいという意気込みが感じられる。
  それは「お・も・て・な・し」の文化の共通基盤ともなっている。
  ただし,普及のための第一歩を「道」は「型」という形式で始める。
  「どう蹴りましょうか?」という問いは,この「型」文化がいかに根強く
  当時の日本文化に浸透していたかを示す。
  最近の子供達に同じ質問をしたら,いったいどう反応するだろうか?

  ※ロバート・ホワイティングは週刊ベースボールに寄稿していたアメリカ人記者・作家
    著書に『菊とバット』がある。この題名はもちろん,ルース・ベネディクトの
    『菊と刀』をもじっている。

話がかなり脱線してしまった。オフサイドの話に戻そう。
中村敏雄の試論によれば,オフサイドは,「得点がはいりにくくするため」に
決めたルールであるということである。

  最初のサッカールールは1863年イートン校を中心に作成された。
  これは先行してラグビー校が決めたフットボール・ルールに対抗したものである。
  (それまでは,手を使うルールと,手を使わないルールの,統一ルールが模索
  されていた。対抗したルールである証拠として,一方はバーの上をボールが
  通ったときゴールとしたのに対し,もう一方はバーの下をボールが通過したとき
  ゴールとした。)

  得点がはいりにくいことにより,試合が劇的になり,「フーリガン」が発生しやすい
  とされる。(参考文献4)
  歴史的には暴徒サッカーがアジール的意味合いを持っていたとも解釈できる。
  (参考文献1「フェーデ」などより)

統一ルールが決まる頃は,1点先取制のルールで試合が行われていた。
先に1点取った側がその試合の勝者となる。プライベートスクールの
当時の試合は学校対抗で,例えば,イートン校とハロー校の試合は,
数日間,朝から夕方まで行われる。
そしてどちらかが1点決めたとき,その大会は終了する。
こういう大会で,1日目の午前中に得点が入ったらどうだろうか?
その大会は台無しである。
このため,すぐに点が入らないようにルールが決められた。
その一つがオフサイドなのだということである。
フェアプレイの精神という理由は,後の解釈ということになる。

近年,スポーツが国際的に広まっていくに従って,ルールがグローバル化し,
するスポーツより,見るスポーツとして改定される傾向にある。
サッカーも例外ではなく,国際サッカー評議会(IFAB:The International 
Football Association Board)は,2016年3月の年次総会で,
ビデオアシスタントレフェリーの試験導入を承認している。

  ※国際サッカー評議会は,サッカールールの歴史について,
  『サッカー競技規則 2016/17』で,以下のように総括している。
  「1863 年に最初の公式競技規則が作成されて以来,IFAB は,数多くの規則改正に
  かかわってきた。例えば,オフサイド。これは恐らく最も大きく改正された規則に
  違いない(当初,ボールよりも前にいる競技者は,オフサイドであった)。
  ゴールエリアが最初に規定されたのは 1869 年で,続いてコーナーキックが
  1872 年に規定された。ペナルティーキックが最初に与えられるようになったのは
  1891年で,1902年まではゴールから12ヤードのライン上の地点ならどこからでも
  けることができた。
  1912年にゴールキーパーがペナルティーエリア外でボールを手で扱うことを
  禁じたことで得点数の増加につながり,1920年からは,スローインがオフサイドの
  対象から外れた。」(p.8)

以上,思いつくまま,纏まりなく記載してしまったが,
スポーツルールも時代と文化の影響を受けて変遷すること。
わたしたちのスポーツ(ルール)のためには,する側・見る側両方からの視点が
必要なこと。そのための覚書として。


(参考文献)
  1.「オフサイド」,「フェーデ」について,
    中村敏雄『スポーツ・ルール学への序章』
    『オフサイドはなぜ反則か』などを参考としている。

  2.茶道について
    加藤周一著作集から初期のエッセイを参照

  3.アメリカ文化のルーツについて
    亀井 俊介『サーカスが来た!―アメリカ大衆文化覚書』

  4.フーリガンについて
    エリック・ダニング
    『問題としてのスポーツ ―サッカー・暴力・文明化 (りぶらりあ選書)』

2017.01.01